日本橋に息づく“すき焼きの原点”伊勢重が伝える和牛の美学【Interview】

伊勢重が守り続ける、手切り和牛と“すき焼き”の文化
東京・日本橋。江戸から明治、そして現代へと続くこの街で、150年以上にわたり牛肉と真摯に向き合ってきた老舗〈伊勢重〉。職人の目利きによるA5等級の黒毛和牛、そして明治時代から受け継がれる手切りの技。それはただの精肉販売ではなく、日本の食文化を未来へつなぐ営みそのものです。
伝統と革新の交差点、日本橋から
伊勢重のはじまりは江戸中期。伊勢から江戸に出てきた初代が営んでいた骨董屋が前身でした。やがて牛肉が滋養強壮に良いとされた江戸末期、創業者・宮本重兵衛の妻が牛肉に注目したことが、伊勢重の“肉”への挑戦の始まりでした。
以来、156年。時代が移ろっても、伊勢重の中心にあるのは「一枚一枚に向き合う手仕事の精神」。それは流通の進化や機械化が進む現代において、むしろ特別な価値を放っています。
銘柄に縛られず、
“いま本当に良い肉”を選ぶ哲学
伊勢重が仕入れるのは、全国の黒毛和牛の中でも、職人の目で選び抜かれたA5等級の和牛。産地や銘柄にこだわらないというのが、実は伊勢重の大きなこだわりです。
銘柄よりも、今一番状態が良く、美味しい牛肉を。その信念のもと、脂の質・肉の香り・繊維の細やかさを見極め、最高の一枚を仕入れています。特に、肥育日数の長い雌牛を用いることで、しっとりとした口当たりと上質な旨みを実現しています。
手切りの技が生む、比類なき口溶け
伊勢重の精肉は、すべて職人による手作業。筋を一つひとつ丁寧に取り除き、手切りによって厚みや角度を微調整。これにより、機械では決して再現できない滑らかな口当たりが生まれます。
すき焼きやステーキといった調理法に合わせた最適な切り方が施され、焼いた瞬間に肉の旨みがじゅわっと立ち上がる設計。まさに“肉と向き合う”という表現がふさわしい丁寧さです。
明治から続く味──伊勢重の元祖・牛佃煮
冷蔵庫のなかった明治時代、牛肉の長期保存を目的として考案されたのが、伊勢重の「元祖・牛佃煮」。
醤油と生姜のみで仕上げたシンプルかつ辛口の味わいは、白ご飯に混ぜた瞬間に、牛肉の旨味がじんわりと広がります。素朴ながらも奥行きがあり、どこか懐かしく、力強い“和の味”がそこにあります。
唯一無二の“手切り和牛”で、口福のひとときを
伊勢重が他社と明確に異なる点。それはすべてを手作業で仕上げる姿勢にあります。手切り和牛の旨さと希少性を伝えるため、商品名やSNSでの発信を通じて、“本物の味わい”を地道に届け続けています。
価格競争に巻き込まれることもありましたが、「自分が信じる味に自信を持つこと」を貫くことで、共感と信頼が広がっていきました。
日本橋と共に歩む、文化の継承者として
伊勢重は、日本橋という土地とともに生きる老舗。神田祭や福徳神社の行事、桜屋台など、地域行事にも積極的に参加し、街を盛り上げる存在でありたいと願っています。
日本橋の一角に、変わらずに在り続ける老舗の味。その存在は、まさに“食の文化財”といえるでしょう。
変わらぬものと、変えていくもの
「変わらないこと」と「変化を恐れないこと」。伊勢重の姿勢は、この二つを大切にしています。まずは、店で働く仲間たちの暮らしを守ること。そしてその先に、伝統ある手切り和牛やすき焼き文化の魅力を、もっと多くの方へと伝えていきたい──そんな想いが込められています。
最後に
伊勢重の手切り和牛と元祖牛佃煮を手に取ってくださった皆様へ。
「すき焼きって、日本の和牛って、やっぱり美味しいね」。 そんな“口福”のひとときを感じていただけたなら、私たちにとってこれ以上の喜びはありません。
そして、もし機会があれば、ぜひ日本橋の店へ足をお運びください。歴史と味が息づく空間で、皆様のお越しをお待ちしております。